目次
2021年6月11日に金融庁・東証から発表された改訂コーポレートガバナンス・コードには、「サステナビリティ」に関する事項が明確に盛り込まれている。
Googleの検索トレンドを見ても、金融庁から有識者会議の提言が発表された4月6日頃から、特に「SDGs」の注目度が急速に高まっているようだ。
この先、起業家・経営者には、サステナビリティに関する理解と具体的な取り組みは必ず求められるものと理解したほうがよいだろう。
今回は既に上場しているSaaS企業の決算説明資料を見ながら、取り組みの傾向を整理しつつ、「サステナビリティの取り組みと時価総額の関係性」も統計的分析によって探っていく。
まずはサステナビリティ・SDGs・ESG、これらの用語の意味とそれぞれの違いを明確にしよう。
中学の社会の教科書などに載っている「持続可能な開発」をイメージすると理解しやすいだろう。訳語もズバリ「持続可能性」だ。
サステナビリティは「いまの我々の行動(特に経済活動)が果たして将来もずっと展開できるのか」と問いかけると有無が分かりやすい。例えば化石燃料の利用や際限なき森林伐採・乱獲は、明らかに持続可能性がないだろう。
実務的には「将来の我々や未来の世代に負債を押し付けるような行動の是正」と考えておくと、SDGs・ESGなどの関連キーワードを包含する上位概念がサステナビリティだと整理しやすい。
Sustainable Development Goalsの略語であることから分かる通り、持続可能性(Sustainable Development)を17個の目標(Goals)に具体化したものだ。
起業家・経営者がサステナビリティを意識しはじめる際には、自らの事業がSDGsで掲げられている目標の達成とどう関係するのかを検討するのが近道になる。
Environmental, Social, and Corporate Governanceの略語で、主に投資家が企業の環境・社会に対する意識の高さを評価するための思考的枠組みである。
起業家だけでなく、投資家にとってもサステナビリティは重大な関心事だ。なぜなら、投資先がサステナビリティを意識した行動を取っていないことは、中長期的に現実化しうる事業リスクを放置していることと等しく、結果的に投資家の中長期的なパフォーマンス(運用成績)が損なわれかねないからだ。
このように考えると、ESG投資で現在メジャーな手法が「ネガティブスクリーニング」(※)であることも納得しやすい。
※参考:ネガティブ・スクリーニング - Negative screening
また、ESGは投資家の関心が高いキーワードであるが故、起業家もESGの観点を押さえておく必要がある。投資家が求めるESGの取り組みに対して起業家自身が解を用意しておくことは、VCとの対話の役に立つだろう。
ここからは決算説明資料に基づいて、上場SaaS企業のサステナビリティに関する取り組みを見ていこう。
SaaS業界に特化した産業情報プラットフォーム「projection-ai:db」に登録されている企業27社について、直近の決算説明資料にサステナビリティに関する取り組みや企業方針の記載があるかを調査した。
その結果、決算説明資料で方針などを明示している企業は27社中8社(約30%)だ。そのほか特設Webサイトやサステナビリティレポートを公開している企業が3社あり、合計11社(約40%)が何らかの形でサステナビリティに触れていた。
ESGの観点で取り組みをまとめると、コーポレートガバナンスの強化に取り組んでいる企業が11社中9社(約82%)だ。内容は大きく3つあり、1つ目は「監査等委員会設置会社」への移行によるガバナンス強化、2つ目は「多様性の確保」、3つ目は「情報セキュリティの強化」である。
ユニークな取り組みでいうと、やはりサイボウズの「次期取締役候補の社内公募」だろう。新卒1年目・2年目の社員が取締役に選任されたほか、取締役の女性比率が3人中0人(0%)から17人中5人(約29%)に向上するなど、取締役会メンバーの多様化が一気に進んだ。
ただし、背景としてサイボウズはティール組織志向と自社製品のグループウェアを活用した社内情報のオープン化が文化として根付いていることは無視できない。
続いて、社会に向けた取り組みを掲げているのは11社中7社(約64%)である。人材の育成・確保・定着を目的として、多様な働き方の推進や人材教育への取り組みを掲げる会社がほとんどだ。
特徴的なのはNewsPicksを運営するユーザベースで、従業員の多様性尊重だけでなく、小中学生向けにNewsPicks for Educationを開始している。ニュースを題材として、自らの意見の発信・他者との対話ができる、非公開SNSのようなサービスだ。SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」にも関連する取り組みであり、ビジネスとサステナビリティの両立を図っている好例と言えるだろう。
一方、環境に向けた取り組みを記載しているのは11社中3社と少ない。確かにSaaSビジネスは製造業などと比べて二酸化炭素の排出量は比較的少ないし、かつ業務のデジタル化を通じて紙使用量の削減にはすでに貢献できていると思われる。そのためESGの観点からは、コーポレートガバナンスの強化・社会に向けた取り組みの比重が高くなるのも当然だろう。
しかし、その中でもラクスの取り組みはSaaS企業の参考になる。同社はサステナビリティレポート2021の中で、時期や施策はこれから検討としているが、カーボンニュートラルの実現を目標として明記した。
今後、SaaS企業にとって、データセンターのカーボンニュートラルが地球環境に配慮した取り組みのメインになるだろう。今年の6月18日に閣議決定した成長戦略実行計画書にもデータセンターの脱炭素に向けた取り組みが明記されるなど、国策としても動き始めている。
ここで、SaaS企業のサステナビリティへの言及と時価総額の関係性にも触れる。
大まかな傾向としては、年換算売上高(直近四半期売上高の4倍)が100億円を超える企業はすべてサステナビリティへの言及がある。対して、特に上場から1年以内の企業は、サステナビリティに対する企業方針やメッセージの取りまとめがまだ追いついていないようだ。
上記のデータ傾向を踏まえて、時価総額を従属変数、サステナビリティへの言及有無を独立変数、上場(IPO)からの経過年数・「40%ルール」のスコア(直近四半期の売上成長率+営業利益率)を統制変数として重回帰分析を行った。
主に検証したい仮説は「サステナビリティへの言及がある会社ほど(投資家からの人気が集まり)時価総額が高くなる」というものだ。
結果としては、分析モデル自体が統計的有意とは言えなかった(n=25, 有意F=12.5%)。しかし大まかな傾向として下記の示唆を得られている。
上場からの経過年数・40%ルールのスコアの影響を差し引いても、サステナビリティへの言及があると時価総額は高くなる、という有意な相関関係はありそうだ。
しかし、あくまで相関であって因果関係ではない。現在、年換算売上高が100億円を超えている企業はすべてサステナビリティへの言及があることから、大規模にSaaSビジネスを展開できている企業に投資家の人気が集まっている、とも考えられる。
なお、時価総額と年換算売上高の相関を考慮してPSRを従属変数した場合は、統計的に有意な結果は得られなかった。
今回はn=25と少ないサンプル数での統計的分析だったため、今後さらにSaaS企業のIPOが増えてきた段階で、新たな仮説を検証したいところである。
一方で、サステナビリティへの言及有無と時価総額に関係性があると仮定するなら、「サステナビリティに言及するのは、プライム市場の選択が視野に入っている会社だ」という説明も可能だろう。「時価総額が大きく、プライム市場を選択できる会社だからこそ、改訂コーポレートガバナンス・コードの求めに従ってサステナビリティへの取り組みを開示している」という仮説だ。
そこでサステナビリティへの言及有無を従属変数、プライム市場の適合条件の該当有無を独立変数、上場(IPO)からの経過年数を統制変数として分析した。その結果は、プライム市場への移行条件に適合している会社ほどサステナビリティに取り組んでいる、という結果が得られた(n=27, モデル全体および「プライム市場の適合条件の該当有無」で5%有意)。
このことを考えると、現在上場しているSaaS企業は「プライム市場への上場」という必要性に応じてサステナビリティへの取り組みを行っている、というのが実態かもしれない。
上記のデータ分析は「projection-ai:db」を利用して行った。SaaS市場の規模・CAGRなどの全体感だけでなく、上場SaaS企業のデータをもとに、個別企業の時価総額やPSR、NRRといった各種指標をかんたんに比較できる。
2021年12月17日(金)~23日(木)の1週間限定で、ユーザーに全ての機能を無料開放している。アカウント登録は無料、期間終了後の自動課金もないので、まずは試しに使ってみてほしい。
本ブログの記事やイベントのご案内、その他 projection-ai に関するご案内をさせていただきます。
登録することにより弊社プライバシーポリシーへ同意することとなります。